ブライダルストーリー_止まっていた時間が動き出す日

挙式まで、あと四十分。
支度を終え、鏡の前に立つ新郎・颯太の姿があった。
そこへ新婦の奈緒が入ってくると、無言で何かを差し出した。
「お義父さんが、ガーデンで待ってるよ」
それだけ言って、颯太の手にそっと握らせた。
「えっ、何?」
奈緒は答えず、颯太を見つめている。
颯太の手の上には、一つの野球ボールがあった。
表面には薄く土の色が残り、縫い目も少し擦れている。
颯太には、そのボールに見覚えがあった。
消えかけた文字で、小さく「颯太」と書かれている。
それは父・和夫が、小学生だった颯太のために、一球ずつ名前を書いてくれたボールだった。
「どうして、これを……」
十年以上、野球から離れていた颯太の胸に、忘れたはずの音がよみがえる。
颯太はボールを握ったまま、ガーデンへ続く扉を見つめた。
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颯太は、小学生の頃から野球が大好きだった。
仕事を終えた和夫が玄関を開けると、
颯太はグローブを持って奥の部屋から急いで飛び出してきた
「おかえり、父さん!十球だけやろうよ!」
「今日もやるか?十球じゃ済まないだろ?」
和夫はニコニコしながら作業着のままグローブをはめ、
街灯がともるまで息子のボールを受け続けた。
和夫もまた、野球選手になることを夢見ていた。
その夢は叶わなかったが、息子の颯太が試合で活躍することが何より嬉しかった。
仕事から帰って息子とキャッチボールをする時間は、和夫にとって日々の楽しみでもあった。
中学生になった颯太はキャプテンを任され、チームを地区大会の優勝へ導くほど頭角を現した。
大会では、優秀選手として表彰もされた。
「次は甲子園だな」
和夫も颯太も、本気でそう思っていた。
高校は、野球の強豪校へ進んだ。
ところが、どれだけ練習しても、周りには自分より優れた選手が何人もいた。
颯太の名前が、レギュラーとして呼ばれることはなかった。

仲間たちがグラウンドで戦う姿を、颯太は応援席から見つめることしかできなかった。
それ以来、颯太がグローブを手にすることはなくなった。
友達と遊び、ゲームをする時間が増え、野球の話さえしなくなった。
まるで、野球をしていた頃の自分を消してしまうかのような生活だった。
高校の同級生だった奈緒は、その頃の颯太を知っていた。
父の期待に応えられなかった自分を、誰よりも颯太自身が責めていたことも。
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颯太がガーデンへ出ると、タキシード姿の父が立っていた。
その手には、使い込まれた二つのグローブがあった。
一つは父のもの。
もう一つは、高校最後の日から物置にしまわれていた、颯太のグローブだった。
「懐かしい……。まだあったんだ」
颯太が言うと、父は照れくさそうな表情で答えた。
「当たり前だろ。持ち主の許可なしに、処分はできんからな」
二人はグローブをはめ、少し距離を取って向かい合った。
颯太がゆっくりとボールを投げる。
バシッと音を立て、父のグローブに収まった。
その瞬間、小学生の頃の記憶がよみがえる。

仕事帰りの父の作業着姿。
暗くなるまで続いた、二人だけのキャッチボール。
どんな球でも、しっかり受け止めてくれた父の姿。
最初はぎこちなかった二人の動きが、少しずつ昔のリズムを取り戻していく。
「ははっ、父さん、腕が上がらなくなったな」
颯太が冗談めかして言うと、父は少し遅れて笑った。
「お前こそ、球が軽くなったんじゃないか?」
そう言って和夫が投げ返したボールは、まっすぐ颯太のもとへ届いた。
何度目かのボールを受けたあと、和夫はすぐには投げ返さなかった。
手の中のボールをしばらく眺めてから、静かに言った。
「俺が見たかったのは、本当は甲子園じゃない」
そして顔を上げ、颯太をまっすぐに見つめた。
「お前が、野球を楽しんでいる姿だ」
その一言に、颯太は目の奥が熱くなるのを感じた。
颯太は、初めて気づいた。
――父もずっと、同じ場所で止まっていたのかもしれない。
父は今日まで、この瞬間を待っていてくれたのだ。
颯太はうつむき、グローブで目元を隠した。
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結婚式は、新しい家族と未来へ歩き始める日
そして、止まっていた時間が、そっと動き出す日でもあります
結婚式は未来を誓うだけでなく、これまで言葉にできなかった想いを
、大切な人へ届けられる日でもあります。
一組一組にある家族の物語が、心に残るかたちで結ばれますように。
ブライダルワークスPhotoriaは、おふたりらしい想いの伝え方を大切にしています。